革靴のお手入れを始めてしばらくすると、手際が良くなり、靴自体の見映えや仕上がるまでのスピードが靴のお手入れをし始めた頃よりもずっと良くなっていることを実感できるようになります。
ところが、不思議なことに上達を実感し始めると今度は、当初難しく感じていた細かなことへの配慮(クリームの量や力加減、工程や手順など)が、慣れとともにおざなりになってしまうことが多々あります。靴磨きあるあるです。
正直なところ、靴がきれいにさえなっていれば手際が良くなって効率が上がってるわけですしまったく悪いことではないのですが、そんな時にこそぜひ本記事を読んで、一旦立ち止まっていただければと思います。
折に触れてお話していますが、革靴や革製品のお手入れは“ただ単にきれいになればいい、というものではない”ということを初心にかえって思い出して欲しいのです。
もちろん、みんながみんな靴磨きが適当になっていくわけではありませんし、そんな話をするつもりも毛頭ありません。
ただ、靴磨きの道具や工程にはそのひとつひとつに意味や理由があって、その積み重ねが効果・効能となって革靴・革製品のお手入れに力を発揮しているのだということを忘れてほしくないなと、忘れかけていたら思い出して欲しいな、という気持ちからで、“初心忘るべからず”と記したわけです。
今回の記事は靴磨きに慣れてきた方はおさらいとして、これからお手入れを始めてみようかという方は靴磨きの基本を習得する参考にしていただければと思います。
手順や工程のお話をする前に、まずは「なぜ靴を磨くのか」ということに触れておきます。
当サイトでも楠美さんのコラムなどでも取り上げていますが、身だしなみとして靴をきれいにしておくということや靴を長持ちさせること、というのがその理由です。
マナーとして身だしなみに気をつける人が、洋服を洗濯したりクリーニングに出したりするのが普通のことなら、革靴であれば靴を磨いておいたり、靴磨き屋さんや修理屋さんに預けてきれいにしておくのもまた普通のことです。
家に帰ってジャケットをハンガーに掛けたり、ネクタイをホルダーにかけて型崩れを防ぐのが当たり前なら、革靴にシューツリーやシューキーパーを入れて型を整えておくのも当たり前の習慣であっておかしくありません。
他の習慣でも、洗濯の仕方が適当でハンガーやホルダーにいい加減な掛け方をしていれば洋服は色落ちしたり縮んだり、しわや折り目がついてみっともない状態になっていたりするわけです。
靴も同じことが言えます。お手入れしないのはもってのほかで、お手入れしていたとしてもいい加減なお手入れだったらまったく意味を為さない場合だってあるのです。
1.をふまえてサフィール流シューケア術として、革靴のお手入れの手順と工程、覚えておきたいポイントをご紹介していきます。
日頃から行えるお手入れでもあるほこり落とし。毛足が長くやわからかな馬毛のブラシをつかって靴全体をブラッシングしてほこり・ちりを払い落とします。
ほこりは付着したままにしておくと、その部分の乾燥を早めたり、カビの原因となることがあります。できればお手入れ前だけでなく靴を脱ぎ履きする時に行うとより効果的です。
よく「靴をお手入れする時は、毎回クリーナーで汚れや古いクリームを落として靴をすっぴんにしましょう」と紹介されているケースがあります。
サフィール流シューケア術では汚れ落としは汚れがある時に行うものとして、お手入れごとに毎回する必要はない、としています。
「古いクリームを取る」という工程の意味として、以前に塗ったクリームを取り去って新たに塗布するクリームを浸透しやすくするとのことですが、この辺がサフィール流とは考え方まったく異なります。
サフィールの靴クリーム(ビーズワックスファインクリームやサフィールノワール クレム1925)は天然原料を主成分とした栄養効果の高い処方となっています。靴クリームがしっかり浸透した状態が最良のコンディションであるならば、わざわざお手入れの度にリセットするのは手間もかかりあまり意味がありません。むしろ皮革に余計な負担を強いることになります。
定期的なお手入れでは、クリーニングローションやノワール コンディショニングクリーナーといった「油分・ワックスをほどよく残し、汚れをしっかりと取るクリーナー」で汚れを落し、落ちにくい汚れ(雨ジミ・油ジミ、カビ、塩吹きなど)にレノマットリムーバーを使うというのがサフィール流のおすすめ汚れ落とし法となります。
革靴のお手入れで最重要となるのがこの「栄養補給とツヤ出し」の工程です。
革は丈夫な素材ではありますが、それはメンテナンスが行き届き、よい状態が保てていればこその特長です。
皮革のコンディションを整え美しさを維持するという、革をよりよい状態に保つための工程こそが靴のお手入れの主役でもある靴クリームの出番となるわけです。
ちなみに、ここで言う“栄養補給”とは当然ですが比喩的表現です。すでに皮から革へ、素材として加工された物ですから代謝もなければ成長をするわけでもありません。
なので「栄養を与える」という表現に疑問を持つ方もおられると思います。
便宜上、革の品質を保つための必須要素である油分を栄養に例えているだけですのであしからず。
前置きが長くなりましたが、実はココ重要ッ!
革は生きていた頃とは違い、自ら栄養を摂取して潤いを保つことで乾燥を防ぎ、柔軟性を維持するということができません。
なので“革”となってしまったら、外部から油分を補うしか方法がないわけです。
したがって、外部からの油分の補給としてサフィールの靴クリームを使うことが自ら栄養補給のできない革のコンディション維持の重要なポイントとなるわけです。
サフィール ビーズワックスファインクリームであれば<アーモンドオイル>、サフィールノワール クレム1925には<シアバター>という植物性油分が豊富に含まれています。どちらも浸透性が高く保湿効果の高い油分として化粧品の原料としても高い評価を得ています。
さらにクレム1925に関して言えば、「油性」に分類されるクリームとして有効成分の配合比率が他に類を見ない高さを誇ります。乳化性のファインクリームであっても油分の配合比率が高いのでバツグンの栄養効果を発揮してくれるので、その効果は絶大です。
クリームをアプライブラシの毛先に少量(約5g、米粒2~3粒くらい)取り、キャップの裏で毛先全体になじませます。
毛先をうまく使い、細かなところ(シワやシボの奥、縫い合わせ部分、ステッチ、メダリオンやブローグなどの装飾部分など)へクリームを行き渡らせます。
特にアッパー(甲革)とコバのすき間部分は指や布が届きにくいのでブラシを使った塗布がおすすめです。ここやステッチにしっかりとクリームを塗り込んでおくことで縫い糸を伝って雨などが染み込むのを防ぐことができます。
次は靴に塗布したクリームをなじませます。
コシ・ハリのある豚毛ブラシによるブラッシングで生じる摩擦熱が、クリームに配合される油分をが革への浸透を促し、ワックス成分を靴表面に浮き上がらせ被膜として定着しやすくします。
ブラッシングをせずに乾拭きをしてしまうと、せっかく塗布したクリームを靴になじませる前に拭き取ることになってしまうのでもったいありません。しばし時間を置いてから……という方法も放置している間に浸透する油分の量はわずかであること、放置している間に塗布したクリームの溶剤が揮発して粘り気が出てしまい、その粘り気にクロスの糸くずが付いてしまうことがあるし、そもそも伸びにくくなってしまう、という点でおすすめできません。
アプライブラシを使って塗布した細かなところにクロスも届きづらいので、乾拭きの効果が出にくいという点でも乾拭き前のブラッシングは非常に重要な工程となります。
ブラッシングで靴クリームがしっかり馴染んだら、最後に乾拭きで仕上げます。
ブラッシングの時点で、油分が浸透しワックス被膜ができているので、乾拭きの工程ではブラッシングではなじみきらない余分なクリームの拭き取りと乾拭きの摩擦熱でさらにワックス被膜の光沢を引き出すというのが主な目的となります。
ブラッシングをしっかりしておくことでクリームのベタつき・ネバつきはなく、表面はサラッとした肌触りになっています。クロスで擦る時に引っかかりを感じることなくスムーズに行うことができるかと思います。素早い手つきで磨き上げることで全体に均一に熱をかけることができ、天然ワックスの上質なツヤを生み出すことができます。
乾拭きの後は、さらにフィニッシャーブラシやハイシャイングローブで乾拭きで残る拭き筋やくもり、小キズなどを消すことでさらに美しく仕上がっていきます。
これで完成です!
お手入れの後は、脱ぎ履きする時に馬毛ブラシでほこりを払ってあげたり、ハイシャイングローブでくもりや指紋・皮脂などを取ってあげたりしながらツヤ感を維持していきます。
週に1回・月に4~5回程度履くようなローテーションの靴であれば、1ヶ月に1回程度上記のようなベーシックケアをしておくことで常に靴を最高のコンディションで履き続けることができるようになります。
もちろん、ぶつけたりこすったりすることで付いてしまうキズや靴底の摩耗、シューレースの傷みなどは別途対処していかなければいけませんが、定期ケアや日々のブラッシングでトラブルに気づいたら、悪化する前に早めに対処しておきましょう。
靴は手入れできれいになる、というのは当たり前のことで、それよりもいかに大切に長く履き続けるためのお手入れをするかが重要です。
ただ単に磨き方を覚えるだけでなく、その工程が靴にどのような効果をもたらすのかまで理解していれば、気をつける点・ポイントが明確になり、お手入れの効果を十二分に発揮できるようになっていきます。
一度きれいにしてしまうと、いつでもきれいしておきたくなるのが人の常。最初は非日常だったことがいつの間にか習慣になり日常になっていきます。
しかし日常になってくると今度は細かなことをおざなりにしてしまいがちです。
靴のお手入れではその細かなところこそ重要なポイントなので、慣れてきた頃やふと思い立った時には、一度初心に戻って一つひとつの工程を今一度チェックしながら進めてみてください。きっとさらなる靴磨きのレベルアップが図れるかと思います。
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