一般社団法人 日本皮革製品メンテナンス協会が主催する〈靴磨き選手権大会2023〉が、2023年9月9日に大阪・阪急うめだ本店 阪急うめだホールで実施された予選を皮切りについにスタートした。
前回の記事でもお伝えした通り、サフィール製品のみを使用し、高い技術と知識を持つ“サフィールフレンズ”もこの大会に出場。彼らの勇姿を見届けるため、我々も大阪の地へ降り立った。
開場前からどことなく緊張感が走るホール入口前には、すでに15名ほどの観覧希望者が並び、会場入りする選手たちに激励の声をかける姿も見られた。
開場前の選手控室を訪ねると、緊張感が漂いながらも意外にも笑い声があちこちから聞こえ、ラフな雰囲気に少しだけホッとした。
サフィールフレンズたちの過ごし方は実に対照的で、他の選手たちと積極的に談笑するのは、相賀氏と松田氏。その表情からは緊張している様子は伺えなかったが、隙を見て話しかけると「めちゃめちゃ緊張している」と口を揃えて答えた。
一方、Boston&ReOldsの西上氏と吉冨氏は「僕たち友達がいないので(笑)」と控室の角でぽつん。素朴でゆるやかな雰囲気こそが彼らの魅力のひとつだ。
前回のインタビューで「自分のキャラを活かした装いで挑みたい」と話していた安部氏は、会場入りした時のラフなコーディネートとは一転し、蝶ネクタイを締める。
その表情からは貫禄すら感じさせるが、「今日は蝶ネクタイと仲良くなれないですね」と手間取る様子からは緊張が伝わってきた。
開会式前に行われたクジ引きによるトーナメント表が張り出されると、いよいよ会場のボルテージも上昇。有料観覧席はほぼ埋まり、立ち見の一般観覧席にも続々と人が集まってくる。
スポットライトが当たるステージ上に、大会プロデュース兼MCの田代径大氏と解説の飯野高広氏が登場し、本大会の発起人であり審査員でもある長谷川裕也氏の挨拶で〈靴磨き選手権大会2023〉は幕を開けた。
今大会は、靴や皮革業界だけでなく、ホテル業界など多くの協賛企業やボランティアの支援により復活を遂げ、サフィールもオフィシャルパートナーとして大会をサポートしている。
コロナ禍の中、全国各地に靴磨き屋が増えたこともあり出場者の半分以上は初出場の選手だという。靴磨き業界を盛り上げる選手たちの華麗な磨きにさらに期待が募る。
大阪予選には31名が参加し、各業界で名を連ねる6名の審査員がジャッジする。
▼靴磨きの基本的な技術面を審査する〈テクニカルポイント審査員〉※敬称略
長谷川 裕也(靴磨き選手権大会発起人、Brift H代表)
石見 豪(第1回日本靴磨き選手権大会チャンピオン、THE WAY THINGS GO代表)
斗谷 諒(靴磨き選手権大会2019カラーリング部門チャンピオン)
藤澤 宣彰(フローリウォネ主宰)
▼今大会から新設された靴磨きを通じた表現力を審査する〈プレゼンテーションポイント審査員〉※敬称略
尾崎 雄飛(SUN/kakkeデザイナー)
鈴木 理也(クリエイティブディレクター)
靴やファッションに精通している人であれば誰もが知る面々が、ズラリと一列に並びステージを見上げる姿は実に迫力があり、出場者でなくとも緊張してしまう。
グループBに登場したのは、西上氏、相賀氏、安部氏の3名。全員スマートなジャケットスタイルに身を包んでいるが、安部氏の胸ポケットには一輪のバラが挿されていて、安部氏の鉄板ネタ(?) である某恋愛リアリティショーのような佇まいだ。
MCの田代氏からも「個性が強いブロック」という言葉が出たのも納得で、グループBが登場すると観覧席のざわめきが大きくなった。
1回戦に選ばれた革靴は、大会オフィシャルパートナーでもあるトレーディングポストのブラックのストレートチップ。内バネ式のクラシカルなデザインだ。こちらの革靴を片足10分間で磨き上げる。
実演が始まると、オフィシャルウォッチパートナーのSEIKOのタイマーが動き出し、1秒ごとにカウントダウンされる音が響いてより緊張感が増す。
今大会から、靴磨き職人として必要な適切な汚れ落としを施せる能力を見極める“コンディショニング”が審査項目に追加されたが、相賀氏と安部氏はコンディショニングをせず、早々にクリームを塗り始めた。
決して忘れていたわけではなく、安部氏いわく「ワックスに時間を費やしたかった」からであり、他の選手に比べて30秒ほど早くワックスの指塗りに取りかかった。
開始から3分ほど経過すると、テクニカルポイント審査員の4名は会場裏へ姿を消した。
公平性を保つため、「誰がどの靴を磨いたのか」情報を得られなくするブラインド審査に切り替えるためだ。
西上氏と安部氏は、M.モウブレイのハイシャインプライマーを下地に塗布しながら、サフィールノワールのビーズワックスポリッシュとミラーグロスを交互に指で取り、革の反応を見ながら巧みに使い分けていく。
指塗りのスピードは目で追えないほど速く、目を凝らして見ないと何をしているのか分からないほど。
私たちにとっては見慣れた手さばきだが、一般選手に比べると圧倒的な差があることに観覧者は驚いたはずだ。
プレゼンテーションポイント審査員の鈴木氏も「一般とプロでは、アプローチにおいて結構な差がある」と後述している。
あっという間に持ち時間の10分が終了し、各選手は30秒間のプレゼンテーションタイムで自身の磨きのポイントをプレゼンする。
「黒のストレートチップなので、これは装う時にスーツ一択だろうと思いながら磨きました。
癖は少なめでクラシックに寄っていると思ったので、ビジネスマンがコンクリートの道路や石畳を歩く時に映えるように上品な感じに仕上げました。」
「6代目バチェラー・安部春輝と申します。このキャラもあり、靴と女性は表現として近いと思っていて、光を与えつつメリハリはあるけど一部は繋がっているような、エレガントなドレスアップをした女性のようなイメージを持って磨かせてもらいました。」
プレゼンテーションタイムが終わると、テクニカルポイント審査員の審査が始まった。
ここでも選手名は伏せられた状態になっており、審査員たちは光の当て具合を変えながら真剣な顔つきで審査を続ける。
審査は難航し、想定していた15分では終わらず、次のグループが始まっても舞台裏で審査が続いた。
次のグループCに登場したのは、松田氏と吉冨氏の2名。
この日のために仕立てたというスーツに身を包んだ松田氏は、取材クルーのカメラに向かい小さくガッツポーズをして気合を入れた。
一方、5名の中で唯一ジャケットスタイルでなかった吉冨氏は、パートナーである西上氏との差別化を図るためにスタイリッシュな黒のシャツスタイルをチョイス。プレゼンテーションポイント審査への対策にも抜かりがない。
今大会からシューツリーや磨きマットなどの持ち込みが自由となったことから、磨き台に並ぶ商品は人それぞれだ。
ハンドラップの代わりに霧吹きを使用する者、歯ブラシでポリッシュを塗布する者など百人百様で見ているだけで面白いが、松田氏の磨き台の上は実にシンプルに収まっている。
実は、今回出場したサフィールフレンズの中で唯一、松田氏だけが“サフィール製品のみ”を使って勝負に挑んでいたのだ。
日頃の靴磨きでは、透明感の高い磨きを提供するためサフィール製品のみを使っているサフィールフレンズたちでも、大会では速さを追求することに特化した他社製品を取り入れることも戦略のひとつだが、松田氏はサフィールフレンズとしての自負心を貫いた。
「サフィール以外の物を使うという選択肢はなかった」と後述していた松田氏は、クレム1925とビーズワックスポリッシュを2色使い分ける技を披露し、「靴磨きの可能性が広がった」と解説の飯野氏を唸らせた。
「この靴をパッと見た時、トゥの革目がしっかりしているなと思ったので、あまりピカピカに光らせすぎずに革目に添うように薄く、尚且つ光らせつつポリッシュを乗せられたかなと思います。
ネイビーを入れたので、色気のある仕上がりになったかと思います。」
「丸みのある美しい靴を、どれだけシャープに見せられるかが格好いい靴になるポイントだと思いました。
土踏まずのくびれやカカトの絞りを活かし、ツヤのある立体的な靴をイメージして磨きました。
透明感のあるサフィールのビーズワックスポリッシュとミラーグロスを使い、美しいグラデーションをかけられたかと思います。」
残念ながら、サフィール愛を貫いてくれた松田氏は落選。
「めちゃめちゃ悔しいけど、大会に取り組む姿勢や気持ちに甘さがあったんだと思います。
結果を真摯に受け止め、次回必ずリベンジし、サフィールでの圧勝を目指します!」と、前向きな気持ちを語ってくれた。
2回戦は、各グループ6名ずつで対戦し、各グループから上位3名がファイナルラウンド進出者として選ばれる。
新品の革靴を両足20分間で磨き上げ、その仕上がりが評価される。
1回戦と同じくトレーディングポストの黒色の革靴が並べられたが、靴磨き選手権大会では初登場となるモンクストラップであることに、選手たちからは驚きの声が漏れた。
グループ1には、1回戦で9位通過だった安部氏と11位通過だった相賀氏が登場。
1回戦の結果に、「自分的に反省点があるから、しっかり修正して2回戦に臨む」と述べた安部氏の足元には、急遽大阪のチームが用意してくれたという踏み台が置かれていた。
今大会の磨き台は、選手たちが自由に調整できるよう高めの設計となっており、踏み台の持ち込みが許可されている。
さらに安部氏は、1回戦では使用しなかったサフィールノワールのコンディショニングクリーナーを追加した。
1回戦に比べ、2回戦ではコンディショニングに対する意識が強くなった選手が多いとMCの田代氏も話していたほど、今大会ではコンディショニングの項目が重要視されているからだろう。
一方、1回戦で11位通過だった相賀氏は、「めちゃめちゃ焦った。これで選ばれなかったら“何しに遠方から来たんだ”ってなっちゃうので」と本音を吐露。
人差し指1本でポリッシュを塗り込む所作は美しいながらも、靴の向きを機敏に動かすダイナミックさに思わず目を見張る。
残り時間が5分となったタイミングで、クロスを巻替えラストスパートをかけた。
持ち時間の20分が終了し、1分間のプレゼンテーションタイムが設けられた。
「シームレスヒール(カカト周りを継ぎ目のない一枚革で仕立てる仕様)は今までなかった靴だと思うので、カカトの光り具合にすごくポイントを置きました。
靴のデザインも線が少なくてエレガントな靴なので、ヒラヒラした服を装っている時にこの靴を合わせてもらえるといいかなと思います。
個体として、左右に差がありシワが多かったが、この靴を履かれる方はあんまり好きじゃないのかなと思い、広範囲にツヤを足すような作業をさせてもらいました。」
審査員の長谷川氏も「継ぎ目のないシームレスヒールが、どれだけ対照的に光っているかがポイントになる」とコメントを残した。
グループ2には、1回戦で4位通過だった西上氏と10位通過だった吉冨氏が登場。奇しくもビジネスパートナーの2人が同じブロックで直接対決となった。
またしても、過去大会では登場しなかった鞆ゑ(ともえ)のタッセルローファーのダークブラウンという奇矯なデザインが用意された。
ブラックとは違い、革目が粗いものや色味の違いがあり、選手によってかなりの個体差があることが見受けられたが、ダークブラウン特有の難しさや面白さをどのようにしてフォローするのかが審査基準となりそうだ。
目の前に置かれた革靴の色を確認した西上氏と吉冨氏は、慎重に時間をかけてクリームやワックスの色を吟味。
ブラウンよりの靴が振り分けられた西上氏は、クレム1925のパリジャンブラウンと、ビーズワックスポリッシュのバーガンディとタバコブラウンという色味の違う3色を使い分ける作戦。
一方、吉冨氏の靴はかなり赤みが強く、「赤い靴に見えたから全部赤でいってやろう」と、クレム1925のエルメスレッドと、ビーズワックスポリッシュのバーガンディを選択した。
「勝って(ファイナルラウンドの)東京に行きたい」と闘志を燃やす西上氏は、かなり早いペースでポリッシュの塗り込みに取りかかったが、途中のインタビューでは「間に合わないかもしれない」と、少し焦りの色が見えた。
同じ頃、吉冨氏はマイペースに工程をこなしていく。
「1回戦とやることは同じなので、自分のやれることをやろうと思う」と述べる姿からは、日頃から真摯に靴と向き合っているであろう姿が想像できた。
大阪予選、最後の戦いとなった20分間を終え、審査員に向けプレゼンテーションが始まった。
「僕は靴の曲線がとても好きで、この曲線をより目立たせるために、カカトから小指にかけてのラインだとか、土踏まずのアーチを角度が変わった時に光が流れるように磨いています。
この磨きをするために、サフィールの透明感のあるビーズワックスポリッシュやミラーグロスを使っています。この透明感のある仕上がりが、僕の磨きのこだわりのひとつだと思っています。」
「フラットな形のローファーを立体的に磨くことで、かっこよくなると思いました。
土踏まずのくびれ、ヒールカップのライン出し、サイドからつま先までつながる光沢を意識して磨いたことにより、フラットな靴が立体的に見えたかなと思います。
クレム1925のエルメスレッドを使い、赤みの強い靴だったので赤っぽく仕上げました。
M.モウブレイのハイシャインプライマーで下地を作った後に、透明感の高いビーズワックスポリッシュとミラーグロスを使ってグラデーションをつけました。
コバの際までしっかり塗れたことと、左右差が出ないように規則的な塗り込み方をして、ブレを少なくできました。初戦と違い緊張も薄まったので、しっかり磨けたかと思います。」
観覧スペースには、全選手が磨いた革靴が展示され、人々が群がっていた。
身びいきに聞こえてしまうかもしれないが、サフィールフレンズたちが磨いた革靴は、つま先だけでなく、サイドラインからカカトにかけての光沢が圧倒的に美しく、サフィール独特の透明感のあるグラデーションが見事な出来栄えだった。
いよいよ、ファイナルラウンドへ進出する選手6名が発表される瞬間が訪れた。
2回戦を終えた12名が緊張の面持ちで立ち並び、MCの田代氏が上位1名ずつ名前を呼んだ。
グループ2の1位で吉冨氏が呼ばれ、驚いた表情を見せた。
次いで、グループ1の2位で安部氏が呼ばれると満面の笑みを浮かべ、両手でガッツポーズを取り、安堵の表情を見せた。
〈ファイナルラウンド進出者〉※敬称略、エントリー順
No.6 小川 恭生
No.10 𠮷冨 純弘
No.18 柏 正信
No.33 山岸 賢治
No.36 西岡 ぺこ
No.37 安部 春輝
最後の1名の名前が呼ばれると、西上氏は天を仰ぎ、相賀氏は顔色を変えず一点を見つめていた。
2回戦前、相賀氏は「もし敗退しても、納得できるメンバーが残ったと思う」と述べていたが、その表情からは悔しさが滲み出ていた。
ステージ上では、ファイナルラウンド進出者6名が予選の感想と次戦に向けた抱負を語っていた。
「1ヵ所、自分の中で納得がいっていない部分があるので、しっかり次に向けて改善していければ、かなり良い磨きができるんじゃないかなと思っています。
今日、ここにいる31名の靴磨き職人が一生懸命頑張って、ここにいる会場の皆さんと靴磨きの文化を広げられるような一日にできたというのが僕をはじめ全員が嬉しく思っています。
さらに東京大会に向けてまた一丸となり、靴磨きの文化を広げて、東京はさらにもっと大勢の皆さんで盛り上げていただけたらとても嬉しいです。」
迫る10月7日(土)には東京予選が待ち構えており、その日勝ち残った6名が11月18日(土)のファイナルラウンドに出場する。
〈靴磨き選手権大会2023〉のファイナリストが決定するまで約2ヵ月、各選手がどのように準備してくるのかが非常に気になるところだ。
その腕をさらに磨き上げ、頂点を目指す彼らの情熱に期待を寄せ、ファイナルラウンドでの再会が楽しみで仕方がない。
靴磨きの素晴らしさを発信する靴磨き職人たちが、多くの人々を感動させることは間違いないだろう。
2023年10月7日(土)の東京予選に出場するサフィールフレンズは、こちらの2名!
大阪予選に出場したサフィールフレンズ
靴磨き選手権大会2023 大阪予選でのSAPHIR FRIENDSたちの活躍を動画でもお楽しみください!