金沢の繁華街のはずれにあるオーダースーツ店の中で営業する、北陸エリア唯一の靴磨き専門店「金沢靴磨き Symphonik Wolfe」。
隠れ家的な場所にあり、予約制と聞くと構えてしまうかもしれないが、オーナーの相賀善博氏は靴を愛する紳士。
お客様が靴を大事に思う気持ちに寄り添い、親身なサービスを提供している。
「金沢靴磨き Symphonik Wolfe」が掲げる靴磨きのコンセプトは、“履きなれた一足を、履くのが楽しみな一足に”という言葉。靴が長持ちする、身だしなみが整うなど、靴磨きを習慣にするメリットはたくさんあるが、オーナーの相賀善博氏が大切にしているのは、靴を履くことでお客様の気分が上がり、楽しくなること。そのコンセプトの背景には、金沢の天候が関係しているようだ。
「私は比較的天候の安定している岡山市の出身です。大学入学を機に金沢に移り住んで10年以上経ちますが、こちらの天候にはなかなか慣れません。
金沢は降水量が多く、日照時間が短いんです。典型的な日本海側の天候で、冬は雪もよく降ります。革靴には過酷な条件ですし、天気につられて気分がふさぎ込んでしまいそうになります。
そんなとき、履くことが楽しみになるような美しく磨かれた靴があったら、一日を楽しくスタートできる。
そんな、気分が上がるサービスを提供していきたいと思っています」
また、全国的に見て石川県は靴の販売店が人口に対して多いというデータがあるが、相賀氏は靴を履き捨ててしまう人が多いからではないかと考えている。
「降水量が多いという気象条件を考えると靴の手入れをすることは重要なのですが、金沢ではまだあまり靴磨きは浸透していません。
靴磨き専門店として店舗を構えているのはうちだけですし、来店されるお客様も初めて靴磨きをするという方が多いんです。
でも、せっかく自分で選んで購入した靴をすぐに履き潰してしまうのは悲しいですよね。お手入れをして大切に履くことで靴は長持ちするし、履くのが楽しくなるということをもっと知ってほしい。
うちではじめて靴磨きをした方が、そのあと定期的に通ってくださったり、革靴が好きなったと言っていただいたりしたときは嬉しくなりますね」
金沢に靴磨きを浸透させたいと奮闘する相賀氏が靴磨きにハマったのは、大学生のとき。古着屋で見つけたビンテージのレザーブーツが乾燥でバキバキに割れてしまったのだ。
「雪の日も履いてガシガシ歩いていたのに、まったくメンテナンスをしていなかったんです。今考えたら革が割れてしまうのは当たり前のことですよね。
でも、当時はそんなこと全然知らなくて。革は割れてしまうと見栄えが悪いし、修理は基本的にできません。
お気に入りのブーツを潰してしまったことはとてもショックしたが、それをきっかけに革靴はメンテナンスが必要なんだということを知り、いろいろ調べていくうちに靴磨きにすっかりハマっていました」
特に魅了されたのは鏡面磨きだ。
「鏡面磨きをした革靴に空がきれいに映り込んでいる写真をインスタグラムで見て、こんなにきれいに磨けるのかと衝撃を受けました。
靴磨きの世界の奥深さを知り、自分でも上手に磨けるようになりたいと思いました」
大学卒業後は地元のベンチャー企業で働きながら、趣味として靴磨きを楽しんでいたが、28歳のときに勤めていた会社を辞め、新しい挑戦をしようと決めた。
「学生の頃からの縁で地元のベンチャー企業に勤めていたのですが、もっといろいろな経験を積みたいと思うようになり、退職しました。
関西に移り住んで転職することも考えましたが、家族の反対もあって方向転換をし、金沢で何か事業を始めようと決めました。北陸エリアではまだ誰もやっていないことで勝負したい。
そう考えたときに、思い浮かんだのが靴磨きでした。
独学ですが技術を磨いてきたし、初期投資が大きい事業ではないので、とりあえずやってみようという感覚でした」
はじめは拠点をもたず、シューシャイナーとして何ができるか手探りだったが、少しずつ繋がりが生まれていった。
現在店舗を構えるオーダースーツ店のオーナーと知り合い、拠点を構えることとなり、2019年の10月に開業届を提出。
翌年には、サフィールのシューケアアドバイザー研修に参加し、その後シューケアトレーナー資格も取得した。
「靴磨きを趣味で始めた頃はいろいろなメーカーのワックスで鏡面磨きを試していたのですが、なかなか思うように磨けませんでした。
あるとき、サフィール ノワールのパッケージデザインに惹かれてワックスを購入してみたら、すごくよくて。
理想通りに磨けたことに感動しました。それ以来、サフィール製品を愛用していたので、開業したらサフィールのシューケアトレーナー資格を取得しようと考えていました」
土地柄なのか、「金沢靴磨き Symphonik Wolfe」は客層が広い。
そのため、お客様が何を求めて靴を預けてくれるのか把握することを大切にしている。
「初めて靴磨きをする方、靴のリペアサービス店で断られた方、息子の靴が汚れているのを見かねて持ってきたという方など、さまざまなお客様が来られます。
時間がなくてすぐに仕上げてほしいという方もいます。
いろいろな要望がある中で、職人気質に接するのではなく、相手が求めていることは何かを把握して、その思いに応えられるサービスを提供したいと思っています」
開業して2年が経ち、今では個人のお客様に加えて、大手クリーニング店と提携したり、地元企業の福利厚生や社内サービスの一環として靴磨きサービスを提供したり、デパートや飲食店のイベントに呼ばれたりと、地元に根づき、幅広くサービスを展開している。
開業してすぐの2020年2月には靴磨き選手権にも出場した。
書類とビデオ審査に通り本大会に出場したが、惜しくも1回戦敗退。
それでも、結果以上に得たものは大きかった。
「開業してまだ4ヶ月ほどしか経っていなかったので、結果がどうこう以前に、出場権を得られたこと、同業の先輩と繋がれたことが何よりうれしかったですね。
まだ何者でもない自分でしたが、憧れていた先輩方と肩を並べて大会に出られたことで、シューシャイナーとしての自信と覚悟がつきました」
相賀氏には憧れのシューシャイナーがたくさんいるという。
その中の一人が東京・南青山にある靴磨き専門店『ブリフトアッシュ』の長谷川裕也氏だ。
「長谷川さんには靴磨き選手権の会場で初めて挨拶をさせてもらったのですが、しっかり話をしたことはなくて。
一度は靴を磨いてもらいたいと思っていたので、店を立ち上げてちょうど1年が経った2020年の10月10日、創業1周年の日に長谷川さんに靴を磨いてもらいに行きました。
そして、一年後の2021年の10月10日にも思い立って会いに行ったんです。
2年連続で記念すべき日に長谷川さんに会っているんですよね(笑)。
昨年のことを覚えていてくれて、いろんなお話をさせてもらいました。
ほかにも、『Glayage KYOTO』の樺澤さんや『靴磨屋T.A.N.S.』の稲田さんなど、シューシャイナーの先輩方はみんなかっこよくて、こういうふうに年を重ねていきたいと思わせてくれる。
とてもよい刺激をもらっています」
今後やっていきたいことを尋ねると「独立した店舗をもつこと、北陸にシューシャイナーを増やしていくこと」と、2つの目標を上げてくれた。
「現在は間借りをしている状態なので、よりお客様が気軽に来店できるよう独立した店舗をもちたいですね。
そして、一緒にサービスをしてくれるシューシャイナーを育てていきたいと思っています。
うちだけでなくライバル店が増えるのも大歓迎です。
今は、金沢ではほぼ独占状態で恩恵を受けているところもありますが、靴磨きが定着していくためには、シューシャイナーが増えた方がいい。
北陸で靴磨き専門店をやっていくのは難しいと言われることもありますが、そういう人たちに『やられたな』と思わせるくらい、靴磨きを定着させていきたいと思っています」
金沢靴磨き Symphonik Wolfe
TEL:080-4256-4841
石川県金沢市泉1-5-4 ザ・ビルヂング金沢泉1F オーダースーツサロン“the”内
11:00〜19:00
火曜定休・不定休
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