名古屋駅と繁華街・栄の中間にあるオフィス街・伏見に位置し、皇室御用達としても知られる「名古屋観光ホテル」。その1階に店を構えるのが「Chou Choute(シュシュット)」だ。オーナーの小川氏は、シューリペアサービス最大手で靴修理の経験を積み、独学で靴磨きを学んだ後に独立。お客様目線を大切にした、親しみのある接客スタイルを貫いている。
オーナーの小川氏が靴磨きと出会ったのは、恋人から誕生日にプレゼントされた一足の革靴がきっかけだった。
学生の頃から革靴が好きで、それまでも何足か所持してきたが、いつも履きつぶしては処分して、買い替えてきた。けれど、大切な人からプレゼントされたお気に入りの靴はそうはいかない。なるべくきれいに長く履きたいと考え、ケア方法を調べるうちに、靴磨きにたどり着いた。
試しに、靴磨きに必要な道具を数千円で揃え、自分で磨いてみると、革靴は生まれ変わったようにきれいになり、その変化に感動した。そして、いろいろな手持ちの靴を磨いてみたり、鏡面磨きを試してみたりと、靴磨きにどんどん魅了されていったのだ。
店頭ディスプレイ。靴磨きやキズ補修などのビフォー、アフターが分かりやすく展示されている
当時、小川氏は会社員。大学生の頃にアルバイトをしていたアミューズメント会社にそのまま社員登用され、働いていた。仕事に思い入れがあったわけではないが、かといってやりたいことがあるわけでもない。「居心地はいいし、まあいいか」と、仕事はしっかりとこなしながら、休みになると趣味の靴磨きを楽しんでいた。
「職場はスーツに革靴というスタイルだったので、自分で磨いた靴を履いて出社していました。そうすると、『小川さん、足元いつもキレイですね』と、周りから褒めてもらえることがうれしくて。そのうち、休憩時間には一緒に働くアルバイトさんの靴まで磨くようになっていました(笑)」
仕事の休憩時間に仲間の靴を磨くほど、靴磨きに夢中になっていた小川氏。とはいえ、それはあくまで趣味の域。自分は会社員をしながら、趣味で靴磨きをずっと続けていくのだろうと考えていた。しかし、その気持ちに少しずつ変化が訪れる。
「その頃、僕の母が体調を悪くしていて、医師から余命半年と宣告されていたのです。僕のことをいつも応援してくれる母で、『好きなことを一生懸命やりなさい』と言ってくれていました。それで、あらためて自分の好きなこと、やりたいことってなんだろう? と考えたとき、真っ先に思い浮かんだのは靴磨きでした」
そこで、小川氏は勤めていたアミューズメント会社を退職。全国に店舗をもつシューリペアサービス会社に転職をした。いつかシューシャイナーとして独立開業するという夢を抱きながら、まずは靴のケアや修理の知識と技術を身につけようと考えたのだ。転職することを母親に相談すると、「好きなことなら一生懸命やりなさい」と、いつものように背中を押してくれた。
シューリペアの会社で働きはじめて1年ちょっと。小川氏は店舗責任者を任されるまでになっていた。「サラリーマンではあったのですが、独立に向けた修業という感覚があったので、なんでも吸収するつもりで仕事をしていました。夜遅くまで残業することもありましたが、それすら楽しかったですね」
仕事が面白くなってきたころに、母親が他界し、小川氏はあらためて自分の人生と向き合うことになった。シューシャイナーを目指しているけれど、独立開業となると、本当にやっていけるだろうか? それともこのまま、サラリーマンとして靴修理を続けるのか? 「好きなことをやりなさい」と、いつも応援してくれていた母親の気持ちに応えているだろか? 熟考の末、先輩シューシャイナーからの後押しも決め手となり、独立する覚悟を決めた。
店舗があるのは名古屋観光ホテルの1階、ショッピングアーケードの一角
そうなると、不思議なほどに話はトントン拍子に進む。名古屋観光ホテル内で、靴磨き専門店をやってみないか? と、声がかかったのだ。それは、小川氏が独立を決心した次の日の出来事だった。覚悟が決まっていた小川氏は、その日のうちに「やります!」と返答。そして、2018年の9月2日(靴の日!)、小川氏がオーナーの「Chou Choute」は誕生した。
「Chou Choute」は名古屋市内で唯一、ホテル内に店舗を構える靴磨き専門店だ。それも、市内屈指の名門・名古屋観光ホテルのロビーフロアと聞けば、「敷居が高そう…」「料金が割高なのでは?」などと思う人もいるかもしれない。だが、メニュー表を見せてもらうと、意外にも靴磨きは1,500円(税別)〜と良心的。さらに靴磨き専門店には珍しい細分化されたメニューと分かりやすい金額設定で、親しみやすい印象を受ける。
「格式のあるホテルに店を構えているからこそ、入りやすく、通いやすい雰囲気づくりを大切にしています。ギャップを感じてもらうことで、お客様の印象に残ればいいなと思っています」と、小川氏。たしかに、接客スタイルを見ていると格式ばったところはなく、メニューにはない修理の相談を受けたり、靴の受け取りに来たお客様と近況報告に花を咲かせたりと、心の通った接客をしている。
電話でお客様と会話中
とはいえ、ホテルに店を構えている以上、一流の技術を期待されるのも事実だろう。「お客様はホテルにあるなら腕は確かだろうと、期待して来られます。プレッシャーはありますがその分、自分を鼓舞し、期待に応えられるシューシャイナーでありたいと思っています」
胸元についているのは、サフィールシューケアトレーナーの証のバッヂ
サフィール ノワールの名品「クレム1925」。厳選したビーズワックスやカルナバワックスを贅沢に配合している
「Chou Choute」をオープンしてすぐ、小川氏はサフィールのシューケアトレーナー資格を取得。難関な試験に挑戦することで、自分の技術や知識を試してみようと考えたのだ。
ところで、小川氏がサフィール製品を愛用するようになったのは、靴磨きを始めたばかりのころから。「有名なケアブランドのアイテムはほぼ一通り試しました。その中で一番よく靴が光り、香りがいいのがサフィールでした。その後、シューリペアサービス会社に転職したとき、店舗で使われていたのもサフィール製品でした。やっぱりサフィールはいいなと、実感しましたね。特に人気の『クレム1925』は、他ブランドからも同じようなクリームが出ていますが、仕上がりや香りのよさが全然違うんです」。
独立して店を構えた今も、靴磨きメニューはすべてサフィール製品を使用。それもまたお客様の満足度の高さを生み出す一因となっている。
今でこそ親しみのある接客でファンを増やしている「Chou Choute」だが、オープン当初は少し雰囲気が違ったようだ。「最初の頃は、ビシッとスーツを着てネクタイを締めカウンターに立っていました。そういうスタイルのシューシャイナーが周りにも多かったし、格式あるホテルに店を構えているという気負いもありました。でも靴を磨くことが仕事なのに、スーツを着ていることが僕にはしっくりこなくて。お客様からも『なんでスーツなの?』と聞かれたことがあり、うまく答えられませんでした。自分らしいスタイルを模索しているうちに、エプロンにカラーシャツ、ネクタイという今のスタイルになり、自然と気負いもなくなって、自分らしい接客ができるようになりました」
小川氏にこれから抱負を訪ねてみると、「今まで通り、お客様の期待に応えていくことが一番」と、自然体の答えが返ってきた。
「『職人である前に商売人であれ』という言葉が好きなんです。うちはホテルの中という立地柄、忙しい経営者の方、食事や例会の前に身だしなみの一貫として靴を磨きに来られる方などの来店が多いです。だから、5分、10分で靴磨きができる手軽なメニューを用意しています。いまは靴磨き業界がマニアックな方向けのパイを奪い合う傾向がありますが、うちは手軽なメニューで間口を広げることで、身だしなみとしての靴磨きを、もっと広く定着させていけたらいいなと思っています」
そして、いつか名古屋市内のホテルに2号店をオープンし、名古屋のホテルでシューシャイナーといえば「Chou Choute」といわれることが目標だ。名古屋市内で唯一のホテルシューシャイナーとして、一流の技術と接客を極める小川氏。そのサービスをぜひ体験してみてほしい。さて、次回更新では「Chou Choute」のメニューやサービスについて掘り下げて紹介する。
シューズサロン VINGIAN(ヴィンジアン)
※旧店名 Chou Choute(シュシュット)
TEL:052-291-4799
愛知県名古屋市中区丸の内1丁目8-23 第7KTビル2階
10:00〜19:00
日・祝定休
https://s-s-vingian.com/
【Facebook】靴磨き専門店Chou Choute 名古屋観光ホテル
【Instagram】daichi.ogawa.vingian