「靴磨屋 T.A.N.S. TOYOTA-BRANCH.」オーナーインタビュー その1
「世界のトヨタ」のお膝元として発展してきた豊田市。
道路網が整備されているのはもちろん、公共交通機関も充実しており、ターミナル駅となる名鉄・豊田市駅の駅前には商業ビルが立ち並び、多くの人が行き交う。
その商業ビル群の一つ「コモスクエア」の一角で靴を磨いているのが、「靴磨屋T.A.N.S. TOYOTA-BRANCH.」のオーナー本田大士氏だ。
聞けば何やら、面白い経歴をもっているとか。
「靴磨屋T.A.N.S.」といえば、愛知県・江南市にあるアメリカンカルチャー好きのシューシャイナー稲田祐一氏の店。
その支店として2019年11月に開業したのが、本田大士氏の「靴磨屋T.A.N.S. TOYOTA-BRANCH.」だ。
本田氏は豊田市の出身。幼い頃はシャイな少年だった。
自分とは真逆の性格で人前に出るのが好きな兄を見て育ち、その渇望からかお笑い芸人に憧れを抱くようになった。
「兄が羨ましいけれど、同じようにはできないというコンプレックスがありました。大学生になってもビビリな性格は相変わらずでしたが、いざ就職というタイミングでどうしてもモヤモヤが払拭できなかったんです。このまま就職して、会社員になったらめちゃくちゃ後悔する。ダメ元で一番やりたいお笑いの世界に飛び込もう。挑戦してダメなら諦めがつく。そう思い、自分を奮い立たせました」
大学を卒業して上京した本田氏は、吉本興業の芸人養成所NSCの門をたたく。
「吉本興業の場合、NSCを卒業するともれなくプロ芸人の肩書きがもらえます。契約書の類いは一切ありませんでした(笑)。とはいえ、仕事があるかどうかは別の話。僕の芸歴は4年ほどでしたが、鳴かず飛ばずで毎日アルバイトばかりしていました」
このままではいけないと、友人に誘われるままアパレルの世界へ。
オーダースーツ屋で働くようになり、ほどなくして友人とともに独立。勢いに任せて東京にオーダースーツ屋を開業した。
このころ、お客様から紹介されて出会ったのが靴磨きの師匠となる稲田氏だった。
稲田氏は何かと気にかけてくれて、オーダースーツと靴磨きでコラボイベントをするなど、公私ともに交流が続いた。
「当時はきさくなお兄ちゃんみたいな存在でした。稲田さんは僕の仕事がうまくいっていないこと、精神的に追い詰められていることを察知して、環境を変えたほうがいいんじゃないかと思っていたみたいです。いよいよ限界かもしれないというタイミングで言われたんです」
『君はきっと地元で生きていく人間だろうから、全部捨てて一度帰っておいで。靴磨きを教えるから、地元でやってみたらいいんじゃない』
本田氏は助言を受け入れて豊田に戻り、稲田氏の下で靴磨きの修業をはじめた。
「東京でぼろぼろになっていたので、一度地元に帰って立て直すしかないと思いました。しばらくは毎日1時間ほどかけて豊田から江南まで通っていたんですが、師匠が時間と交通費がもったいないからと、ご実家のアパートの空いている一室を無償で貸してくれました。それからは住み込み状態で、朝から晩まで靴を磨き倒しました」
そして、半年ほど修業した後に故郷である豊田市に拠点をもつことになった。
「豊田市内の物件を探していたときに、知り合いが口をきいてくれて、駅前の商業ビルのロビーの一角を特別に借りることができたんです。地元出身者ということで、有り難いことに受け入れてもらえました。いつもここぞというタイミングで助けてくれる人がいる。周りの人に恵まれて今があります」
周囲の助言やサポートを素直に受け入れて感謝する姿勢が、周りを味方につける所以だろう。
シャイだった少年は、人とのつながりを大切にして周りから愛される大人になっていた。
豊田に拠点を構えてほどなく、本田氏はサフィール シューケアトレーナー資格を取得した。
「靴磨きをはじめてから、師匠に倣ってサフィールを愛用してきましたが、愛用者ならだれでも資格試験を受けられるわけではありません。師匠からの紹介があってもらえたチャンスだったので、絶対に受からないといけないというプレッシャーがありました。そのおかげで筆記は99.5点、実技でも合格ラインをクリアして一発合格することができました」
筆記の99.5点はかなりの成績優秀者。
「暗記だけは得意なので」と笑うが、師匠の恩に報いたいという思いがあっての高得点だろう。
「靴磨きに必要な技術や考え方のすべてを師匠から教わりました。一番大切にしているのは、『靴磨屋T.A.N.S.』のモットーである「大切なモノをより長く」という想い。僕たちが磨くことで、靴を大事に長く履こうと思ってもらうことはプロとして最低限やらなければいけないことです。もう一つ心に留めているのは、「やかましいテクニックはいらない」ということ。小手先ではなく、削ぎ落としたシンプルで本質的な磨きを施し、お客様にも靴の状態や必要なケアを伝えていくことが大事ではないかと思っています」
稲田イズムを継承する本田氏だが、思い返してみると自分の中にも靴磨きのルーツはあるという。
「子どもの頃に父親が家で靴磨きをする姿を見ていて、カッコイイなと思っていました。学生時代はずっとサッカー部だったので、スパイクを磨く習慣がありました。スパイクをちゃんと磨いているやつはうまくなるというジンクスを信じて、チームの誰よりも磨いていたと思います。サッカーはうまくなりませんでしたが(笑)、道具を揃えたり磨いたりするのが楽しかったんです」
幼少期の記憶の中にある靴磨き。
紆余曲折を経て、それを生業としているのは何かの巡り合わせかもしれない。
「靴磨屋T.A.N.S. TOYOTA-BRANCH.」があるのは、豊田市駅前の商業ビル「コモスクエア」の一角。
テナントではなく、ロビーに移動式の店を構えているというのが正確な表現だろうか。
「豊田に拠点を構えて4年目。次の目標は、靴磨き屋として豊田市駅の近くに店舗をもつことです。現在の拠点は、あくまでファーストステップとしてスペースを間借りしている状態。立地も居心地もいいのですが、ここで満足していては成長できません。実は開業した直後に新型コロナウイルスが蔓延し、開業時の事業計画は頓挫してしまいました。さあ今からだと思っていた矢先に、目の前から人がいなくなってしまったんです。やっと人通りが戻りつつある今、そろそろ次のステップを視野に入れていきたいと思っています」
本田氏は靴磨きのワークショプを定期的に行っており、こちらもライフワークとして力を入れていくという。
「ワークショップに来てくれた方は、自分で磨いた靴が見違えることに驚いてくれます。これからは自分でやってみますという方もいるし、やっぱりプロに任せたいと言って店に通ってくれるようになる方もいます。正直そこはどちらでも構いません。僕たちが目指すのは「大切なモノをより長く」と考える人を一人でも増やすこと。ですから、ワークショップでは、惜しみなく、丁寧に磨き方をお伝えするようにしています。
師匠が後ろでどっしりと構えてくれているので、元お笑い芸人の僕は率先して人前に立ち、大切なものをメンテナンスしながら長く使う喜びを伝えていきたいと思っています」
開業と同時にコロナ禍となったピンチをくぐり抜け、「靴磨屋T.A.N.S. TOYOTA-BRANCH.」は4年目も新しい一歩を踏み出していく。
次の記事では、靴磨きのメニューやサービスについて詳しく紹介する。
「靴磨屋 T.A.N.S. TOYOTA-BRANCH.」オーナーインタビュー その2 はこちらからもご覧いただけます。
靴磨屋T.A.N.S. TOYOTA-BRANCH.
TEL:0565-98-0223
愛知県豊田市喜多町2-160 コモスクエアWEST 1F
日曜定休
https://kutumigakiya-tans.com
https://www.instagram.com/kutumigakiya.tans_toyota/