オックスフォードシューズにカテゴライズされる革靴の中には、ストレートチップ(キャップドトゥ)やバルモラル、アデレードやホールカットと呼ばれるデザインのものがあります。
ストレートチップ(キャップドトゥ)やバルモラル、アデレードにはアッパーの革が縫い合わさっており、その縫い目(ステッチ)の特徴はそれぞれ違っています。
過去の海外情報では、そのことについて書かれた記事もご紹介しました。
「デザイン別4種のオックスフォードシューズをご紹介」でも記載されている『ホールカット』は、他のデザインの靴に比べてあまり見かけないため、珍しいデザインのように感じますよね。
いつの時代から登場して一体どうやって作られているのか、気になりませんか?
今回は、この『ホールカット』について詳しく書かれた海外の記事を日本語訳でご紹介します。
本記事は、Shoegazing.comで公開されているHistory – The seamless wholecutを日本語に意訳して紹介しています。
シームレスホールカットは、フリーランスで働くイギリスの無名のビスポークシューメーカーが10年ほど前に復活させるまで何十年もの間忘れられていたモデルで、製靴メーカーが続々と製作に乗り出しています。今回は、製作が極めて難しいこのモデルの歴史を紹介します。
今回の記事は、前回の記事を補って余りあると思います。シームレスホールカットは、その名のとおり、完全に縫い目(シーム)のない1枚の革から作られる靴です。実際の製法についての詳細は後述します。“発明した”人物や最初に作った人物については(多くのケースと同様に)定かではありませんが、このモデルは19世紀に誕生したと記録されています。当時のメーカーは可能性があると思うことはすべて推し進めました。この環境ならこのようなモデルが登場しても不思議ではありません。その中でも、後に足を飾ることになるシームレスブーツを作った職人が数人いました。イギリスのノーサンプトンに、製靴工場が建ち並ぶ地域で働く男性がいました。彼は暇を見つけてはなぐさみにシームレスホールカットを作りました。彼が遺した数多くのシームレスホールカットのうち一足は、ノーサンプトンシューミュージアムにほかのコレクションとともに展示されています。それらの多くは当時イギリスで開催された製靴技術を競う数々の大会のほかさまざまな場所に出品されたものと考えられています。
しかし、20世紀前半には、このモデルはだんだん見かけなくなりました。ビスポークのシューメーカーらによって小規模生産される靴が次第に減っていき、逆に毎日靴を大量生産する大規模工場が台頭し始めたことが主な原因です。この状況で、シームレスホールカットのような手が込んだ靴を作る余裕はありませんでした。
こうして、20世紀後半から21世紀前半にかけて、このモデルはほぼ忘れ去られていましたが、何カ所かでひっそりと製作されていたと考えれています。どこかでよく見かけることもなく、その製法は廃れていきました。2009年になり、イギリスのビスポークハウス数社の仕事を掛け持ちしているフリーランスのイギリス人ビスポークシューメーカーがこのモデルに魅せられ、ふたたびシームレスホールカットの製作を始めます。顧客であり友人であるスタイルフォーラムのレギュラー執筆者ロルフ・ホルツァプフェルが訪ねてきたとき、「何が違うかわかりますか」と一足の靴を見せました。隅々まで確かめ、縫い目がないことに気づいたロルフは、さっそく一足作ってほしいと頼みました。同じころ、フランスのビスポークシューメーカー、ディミトリ・ゴメスもその靴を作っていました。アッパーがラストを覆っただけの靴の画像とどうすればこうなるのかという簡単な解説をロルフがスタイルフォーラムに投稿すると、これを見たビスポークシューメーカーのD・W・フロマーとマーセル・ムルサンはさっそく試作品の製作を開始しました。シューメイキングのブログで人気のマーセル・ムルサンが試作品の写真と情報を投稿すると、さらに多くの人々がシームレスホールカットに注目するようになりました。
同じころ、ガジアーノ&ガーリング(G&G)はある顧客の靴をそのフリーランスのシューメーカーに作らせました。当時、彼はG&Gのビスポーク部門でアッパーのクロージング(縫製)を一手に引き受けていました。そこで、G&Gはビスポークのクライアントのシームレスホールカットを彼に作らせ、このモデルを取り扱うようになりました。2010年、スウェーデン人のダニエル・ヴィガンがG&Gに参加します。シームレスホールカットの製法を学んだ彼は試行錯誤を重ね、独立してカテラ・シューメーカーを立ち上げるまでG&Gでこのモデルを作り続けました。イギリスでシームレスホールカットを製作しているのはダニエルと件のフリーランスのビスポークシューメーカーだけですが、後者はいろいろなメーカーの仕事を請け負っているので、フォスター・アンド・サンやジョン・ロブなど多くの店がこのモデルを提供しています。
前述のとおり、この10年でさまざまなメーカーがこのタイプの靴の製作に乗り出しています。先ほどご紹介したほかにも、ヨウヘイ・フクダ、ロベルト・ウゴリーニ、クレマチス銀座、ヤン・キールマン、マフテイ、アントニオ・メッカリエロ、イル・クアドリフォリオ、ギルド・オブ・クラフツ、ディミトリ・ゴメスなどのビスポークシューメーカーが挙げられます。レディ・トゥ・ウェアでは、サン・クリスピン、エンツォ・ボナフェ、アクメ、オリエンタルシューズなどがこのモデルを製作しています。同様に誰かが作ったものが急速に広まり、シームレスブーツも見られるようになりました。代表的なところで、ベステッティやメッカリエロが製作しています。
冒頭で申し上げましたが、シームレスホールカットの製作は難易度が高いです。革に大変な負荷がかかるうえに時間を要します。ラストの上でただ革を伸ばすのではなく、均一かつ適切に革を傷めないように注意しなければなりません。工程を追うと、誰がやっても大差はなさそうですが、職人によってかなり違いがあります。使用する革は十分な柔軟性と高い伸張強度を兼ね備えている必要があるので、このモデルはシェルコードバンのような革では製作しません(何人かの職人が試みましたが成功しませんでした)。さまざまなスムースカーフスキンやテクスチャードカーフスキンがよく使用され、適しています。アッパーの革は楕円形に裁断してから全体を湿らせます。職人によって、やわらかくするために熱湯に漬けたり、水を入れたビニル袋に一晩漬けておいたり、霧吹きするだけだったりします。そして、最も難しいのが、ブロッキングです。
ブロッキングとは、いわば裁断前に革を成形する作業です。革を伸ばす作業はさほど難しくなく、どのくらい伸びるかなどの計算はきわめて簡単ですが、革を内側、いわば広い部分に曲げるときは、最初にブロッキングで成形してから裁断するのが多くの場合得策です。この方法はハイブーツやチェルシーブーツやジョッパーズのようなブーツの甲の前方のヴァンプのブロッキングにもっとも多く用いられますが、それ以外の製作が難しい靴にも用いられます。シームレスホールカットの場合、アッパーを成形しなければライニングに固定して正確に型を取れないので 、ブロッキングは不可欠です。
このモデルのアッパーの革をブロッキングするときは、ライニングなど何も付けずに革だけを引っ張ります。ゆっくりと丁寧に革を引っ張り、ラストの周りにムラなく伸ばします。アーチのあたりなどは革がたくさん余り、手こずるところです。分割してブロッキングすることもありますが、それは、革に負荷をかけすぎないためとラストの上に長い間固定しておくためです。
ブロッキングしてラストの上でしばらく休ませたら、次の難所は履き口の裁断です。ラストの上から引っ張られている状態の革は、張りが緩むと縮んでへこみます。なので、履き口を裁断する際はこの正確な値を計算する必要があり、履き口の先端にしたい部分より1センチメートルほど多く裁断します。裁断したら、裁断した革をそのまましばらく置いておき、計算通りに縮んでくぼんだことを確認してから取り除き、ライニングとタンを縫い付けます。
次はラスティング(釣り込み)ですが、この時点でトップの層が既に成形され正確に伸ばされているので、この工程はブロッキングほど難しくありません。余分な革は既に取り除かれています。それから、これは言うまでもありませんが、特殊構造なので、ラストに均一かつ適切に革を被せることが非常に重要です。ここから先は、ほかの靴の作り方と同じです。
シームレスホールカットは決して誰にでも作れるような靴ではありません。革に過度な負荷がかかるうえに、これはやむを得ないのですが、通常よりシワやヒビ割れができやすいのです。おそらくずっと長持ちする靴ではありません。それにもかかわらず、その人気は着実に拡大しています。これからも靴愛好家を魅了し続けることでしょう。
次はラスティング(釣り込み)ですが、この時点でトップの層が既に成形され正確に伸ばされているので、この工程はブロッキングほど難しくありません。余分な革は既に取り除かれています。それから、これは言うまでもありませんが、特殊構造なので、ラストに均一かつ適切に革を被せることが非常に重要です。ここから先は、ほかの靴の作り方と同じです。
シームレスホールカットは決して誰にでも作れるような靴ではありません。革に過度な負荷がかかるうえに、これはやむを得ないのですが、通常よりシワやヒビ割れができやすいのです。おそらくずっと長持ちする靴ではありません。それにもかかわらず、その人気は着実に拡大しています。これからも靴愛好家を魅了し続けることでしょう。
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