11月17日、あいにくの雨模様。
久方ぶりの出張の機会を利用し、以前から気になって気になって仕方のなかったとある靴磨き店を訪問した。
2019年12月の開店時にネット上で話題となっていたのを見かけて以来、東京出張の際には絶対行ってみようと心に決めていたお店だ。
超高層ビルの立ち並ぶビジネス街 虎ノ門 新虎通りにあるそのお店は、靴磨き店にカウンタースタイルという形式を定着させたBrift H(ブリフト アッシュ)とお酒とクレープのお店 PARLA(パーラ)が共同で手掛けた「靴磨きと酒場の融合」をコンセプトに靴磨きとお酒が楽しめるお店である。
“靴磨きとお酒でビジネスマンの明日に活力を!”と掲げられた理念に心そそられながら、初訪問は東京出張の時!とタイミングを見計らっていたのだが、時同じくして世界中をパニックに陥れた大規模な感染症拡大の影響により、すぐにでも来るだろうと思っていた出張の機会が無期限延期に………。
そしてこの度やっとその時が訪れたわけだが、せっかくのチャンスだと思い当サイト ShoesLife(シューズライフ)で取材させていただこう!と連絡を差し上げたところ、幸運にも快諾いただけた。
今回お話を伺ったのは、THE SHOESHINE & BAR 店長でBrift H青山本店でもシューシャイナーとしてご活躍の稲田 耕也さん。
さて着いて早々ではあるが、ご挨拶もそこそこに早速磨きに入っていただいた。
当日持参したのは、JOSEPH CHEANY(ジョセフ チーニー)のAlfred(アルフレッド)。
仕事柄、自前の靴はマメに磨いてある(さらにはShoesLifeの記事で使うためにサンプルとしてもしょっちゅう磨かれている)のだが、今回持参したこちらの靴は恥ずかしながら前回磨いてからかなり日数が空いてしまい、そろそろ磨かねば………と思いながらなぜか放置してしまっていたものだ。
一応ハイシャインで仕上げてあるので稲田店長にも「綺麗ですね」とは言われたが、だいぶ放ってしまっていたがために乾燥が進んでいるようだったのでその旨をあらかじめお伝えさせていただいた。
初来店ということで、まずはコースの説明から。
鏡面磨きまでフルで仕上げるのがAコースと鏡面まではせず全体を艶っぽく仕上げるまでのBコースがビジネス/ドレスシューズ向けコース。
Aコースで約30分、Bコースは約20分が所要時間となる。
その他にもレザースニーカーのケアはSコース、バッグ磨きや修理(お預かり)なども承っている。
今回は、もちろんプロの技をじっくり堪能すべく、鏡面磨きありのAコースでお願いした。
靴ひもを外し、ブラッシングから汚れ落としへと進めるなか、稲田店長にお店の近況について伺った。
「(THE SHOESHINE & BARに)靴磨きで来店されるお客さんのおよそ6,7割はAコースを選ばれます。ハイシャインまでしっかり仕上げられるのを希望されます。」
「バッグ・革小物はお預かりすることが多いですが、中には対面での磨きを希望される方もいらっしゃいます。」
ビジネス街という土地柄、ビジネスシューズの磨きの依頼が多く、コース選択の割合はやはりハイシャイン目当てでAコースを選ぶ方が多い。
これはやはりBrift Hの系列店であることが大きいようだ。
そのためコロナ禍の影響でテレワークが増えたことにより、出勤や外出をすることが減ってしまった影響はやはり大きかったそう。
当時は来店するお客さんも通勤や営業活動で履いている革靴を持参するというよりは、革靴好きな方が履いた靴を磨きに出すというケースが多かったようだが、コロナ禍が明けた今、ここに来て状況が好転してきたことを実感しているそう。
「最近は、革靴仕事で履かれる方や日常使いされる方の磨きや修理の依頼がちょっとずつ増えているなというのは思いますね。」
稲田店長によるとコロナ禍が収束したことでこの虎ノ門エリアへオフィスへ出勤をする人がおよそ10%は増えているそうで、人数にするとなんと2,000人に及ぶとのこと。
ようやく店舗のオープン当時に想定していた理想形が見えてき出した。
さらに追い風となりそうなのが、一帯の再開発である。
近隣の虎ノ門ヒルズをはじめ、周りには高層ビルが立ち並んでいるがそこにはオフィスや商業施設だけでなく高級マンションも隣接している。
THE SHOSHINE & BARではそれら高級マンションとの連携サービスとして、靴磨きの集配サービスを行っている。
コンシェルジュに預けられた靴を集配するサービスなのだが、こちらは逆にSコースのスニーカーケアの依頼が主流なのだそう。
「住まわれている方が『ちょっときれいにしたいな』みたいな感覚がたぶんあるので、クリーニングに出すのに近いのかな」
この集配サービスは開店当時は実施していなかったのだが、出店のオファーを出した森ビルとの打ち合わせから誕生した企画だったそう。
「そこ(マンション)に住む人だけで、靴、何足あるんですかね」という想像もつかないようなジョークのあとに「再開発が進んで勤め人も住人も(エリアに)どんどん増えていく環境のなかで、こういったサービスを通じてお店がエリアに根付いていくことが強みだと思いますが、そのためにはもっと認知を広めていかなければ」と稲田店長は話す。
少し話が外れるが、冒頭に触れた通り今回一番残念だったのが、出張予定の都合で訪問時間が開店直後となってしまったこと。
本来であればバーがオープンする夕方にお邪魔して、おすすめのお酒を飲みながら稲田店長が靴を磨いているところを優雅に眺めていたかったのだが世の中そうはうまくいかないものである。ぐすん。
今回は泣く泣く体験を諦めた併設のバーについてもお聞きした。
諦めてはいたのだが「すごい美味しんですよ」と推されるのがますます悔しい………。
「磨きはオープンが11時半で月曜から木曜は20時半まで。金曜だけちょっと長くて21時までです。バーは平日夕方16時から23時までです。」
靴好き・靴磨き好きにはお酒好きも多いと言うが、カクテルを片手にプロの靴磨きの技を楽しむことができる空間は、そんな紳士・淑女にはたまらない空間だ。
かくいう稲田店長もBrift H公式ページの職人プロフィールに「趣味:バー巡り」とある。
THE SHOESHINE & BAR開店にあたり、人員配置はその辺を考慮した抜擢だったのだろうか。
ずばり稲田店長に聞いてみると、
「僕の場合、バー巡りはここ(THE SHOESHINE & BAR)に入るようになってからなんです。新しい世界を知ってしまいました(笑)」
バーが併設である以上、何も知らないわけにはいかないですよね、と話す稲田店長。
自分なりにお酒の勉強をしたりバースタッフの方に教えてもらったりしているうちにご自身がお酒が好きになり、今では日中に来店されるお客さんにバーのおすすめをするようになるなど活かされている。
「まだバーテンダーのいない時間帯に来てくださったお客様が、『せっかくなら飲める時間に来ようかな』って次には遅い時間に来店されるようになったりもします。」
稲田店長のハマりっぷりはバーの集客にもつながっているようで、
「自分が好きなものを人に伝えるとき、(自分が)それがどれだけ好きかみたいなことって結構相手に伝わるじゃないですか。そういうのが(自然に)出せているのかなって、ちょっと思ったりしますね」
お酒は好きだが、種類にはさほど明るくない私でも、靴や靴磨きについて語るときとはまた少し違った熱量の稲田店長の話を聞いているとどうしても夜の雰囲気を味わいたくなる。
やはり来る時間を間違えたか………と複雑な気持ちになったので、次回訪問の参考に店長イチオシのドリンクメニューを聞いてみた。
「(指を指し)こちらの『THE SHOESHINE NEGRONI<ザ シューシャイン ネグローニ>』ですね。」
聞くと、併設のバーのメイン バーテンダーさんがBrift H 代表 長谷川 氏をイメージして作られたカクテルで、ネグローニに通常使用されるカンパリではなくグランクラシコを使用しているのだそう。
どちらもハードなリキュールなのだが、グランクラシコを使うことでより長谷川氏のイメージに近づき、いい材料を使って作ったよりリッチなネグローニになっている、とのこと。
来店されて何を飲もうか迷っているお客さんには特にお勧めしているそうで、お酒に強い方であればぜひ一度は試していただきたい稲田店長自身もお気に入りの美味しい一杯、ということだ。
他にもメニューは充実しており、シーズンごとに入れ替わるメニューを全制覇すべく足繁く通う常連客もいるほど。季節の移り変わりとともにテーマの異なるお酒が味わえるのがお酒好きにはたまらない魅力となっている。
諦めはしたのだが「すごい美味しんですよ」と推されてしまうと口にできないのがますます口惜しい………。
さて、お店やバーのことについてお話を伺う間も稲田店長の手は止まることはなく、磨きの方は着々と進んでいる。
ここで青山の本店とTHE SHOESHINE & BARとの違いについて伺った。
「1番の違いはあまり指を使わないように磨いています。」
プロの靴磨き職人は靴クリームやポリッシュを指で塗ることが多い。手の温かさでクリームやワックスをやわらかくして浸透性を高める効果がある他、直接素手で靴・革に触れることで得られる情報が多いからだ。
無論、Brift Hでもクリーム・ポリッシュは指で塗っている。
「この店舗はバーを併設しているというのが大きく、(夕方のバーの開店時間以降)僕ら自身がお水やメニューを出したりすることも多いです。単純にバー利用のみのお客様もいらっしゃいます。」
さらに、
「靴磨きサービスのことを知らない方もいらっしゃるので、いきなり真っ黒な指でお水とか出されると印象としてはよくないから、というのがあります。なのでこちらの店舗ではクリームはブラシを使って塗布しています。鏡面磨きもベースづくりからクロスを使っています。」
他にも本店では削って表面を整えるコバのケアもこちらでは削る工程を省き着色・ツヤ出しに留める、といった飲食店併設ならではの細かな配慮がなされている。
もちろん工程が変わってもサービスのクオリティが落ちるわけではない。
たとえば鏡面磨きでいえば、ポリッシュをベース作りからクロスを使って塗るのは指塗りのそれよりも、実はかえって手間がかかるものだ。
本店では対面の磨きサービスは1時間を基本とした時間と価格の設定となっているそうだが、ここTHE SHOESHINE & BARでは対面磨きは30分となっており、当然価格も所要時間に見合った設定となっている。
とはいえ、所要時間には差があれどいかに本店での磨き・ツヤ感に近づけられるか、というのは常にイメージをしているらしい。
途中、使用している道具でいくつか気になることがあった。
Brift Hでは“THE CREAM”や“THE WAX”といったオリジナル商品を展開しているが、磨きのサービスではSaphirNoir(サフィールノワール))のクレム1925やビーズワックスポリッシュも併用されている。
ここTHE SHOESHINE & BARも同様のようで、道具の使い分けやそれぞれの特徴について稲田店長に伺った。
「THE CREAMは水分量が多く伸びがよいです。保湿はTHE CREAMでやって、(靴が)アンティークっぽい仕上げなので濃いめの(クレム1925の)パリジャン(ブラウン)を塗っています。」
「THE CREAMは伸びは良いですがクレムと比べて補色力は強くないので、用途というより『クリームでどういう風に仕上げたいか』みたいな時に使い分けるようにしています。」
お客さんの意向も確認しながら、やわらかく伸びの良いTHE CREAMで保湿を、補色・光沢効果に優れるクレム1925で色・ツヤの演出、といった使い分けがなされており、ポリッシュも同様に状況に応じて自社のものとサフィール製品とを併用しているそう。
この段階でもすでに靴が見違えるような光沢を放っている。
指のクロスを巻き直し、そろそろフィニッシュが近づいているようなので稲田店長ご自身についてのお話を伺う。
まずは稲田店長がこの道に入ったきっかけについて聞いてみた。
稲田店長は前職、元々は即席麺などを扱う大手食品メーカーの営業マンだったそうで、
「元々、明星食品に新卒で入社して勤めていたんですが、営業の仕事なので商品を並べてもらうところまでは見られるんですけど、その食品を食べた人がどういう反応をしているかまでを見られないのが、ちょっと面白くないなっていうか、そこまでを見られる仕事がいいなって、すごく思ったんですよ。」
転職のきっかけを話す稲田店長は、転職をするなら自分が好きなことを仕事にしたい、自分の仕事に対するお客様の反応を目の前で見られることがしたいと考えたそう。
当時、営業職の身だしなみとして足元まで見られることを意識して靴を磨いていた稲田店長。その習慣が趣味となっていくにつれ、自身が意識してきれいにしている足元は周囲の人たちはどうしているのだろうか、と気になり出すのは必然である。そうして眺める電車に乗り合わせた人たちの靴が大してきれいじゃないことがだんだんと気になりはじめ、いつしか靴をきれいにすることの良さを知ってもらえる職業“靴磨き職人”への転職を意識しはじめるのだが、そんな矢先に偶然目にした「Brift Hの職人募集」が稲田店長にとって転機となる。
「(絶好機の求人に)そんな事ってある?と思いましたけど(笑) でもこれはそんなにある機会じゃないぞって思って、応募するしかないな、と。」
そうしてBrift Hの職人【稲田 耕也】が誕生となるのだが、実際にBrift Hに入ってみてどう感じたのだろうか。
「Brift Hにいて、Brift Hが大きくなればなるほど、世の中にきれいな靴が増えているはず。なのでそういう世界を見たいですね。Brift Hで。」
稲田店長の考えは、バーを併設し新たな客層との接点が生まれるこのTHE SHOESHINE & BARのコンセプトにまんま合致している。
「やっぱりまだBrift Hのことを知らずに来店される方も多いので、本当に『靴磨きの良さを知って!』って感じですね。なので、楽しくやってます(笑)」
Brift Hの職人となり充実した日々を過ごしていると話す稲田店長だが、壁に当たったり、乗り越えるべき課題などはあるのだろうか。
「まさにですね、大会(靴磨き選手権2023。稲田店長は東京予選に出場)が僕にとっての1つの壁でした。初めて出たんですけど1回戦で負けて、なんかすごいこう、正直、自信を失ったというか。こんなつもりじゃなかったんだけどな、と思いつつもようやく復活してきました。」
悔しい気持ちを思い返しているのか、苦笑しながら稲田店長は続ける。
「(復活できたのは)本店の新井田さん(Brift H マスタークラスの職人)のおかげだと僕は思っています。」
初めての大会出場にあたって自分の身近に大会上位の常連がいる(ましてや今大会でも同じく選手として出場者している)ことに心強さやありがたさを感じたそう。
Brift Hに所属していることで同大会のランカーから教えを受けることができたことが稲田店長にとって良い経験となったようだ。
となると、当然話題は次回大会の話となる。
「(リベンジは)絶対にしたいですね! 負けっぱなしは、ちょっと良くないんで。」
同大会参加者には数回の挑戦を経て上位入賞を果たす方も多い。
身近で偉大な先輩の奮闘を目の当たりにしている分、次の大会へ掛ける意気込みも俄然高まっている。
(※訪問翌日に行われた靴磨き選手権2023決勝では、見事Brift H 新井田さんが優勝を果たした。これは次回へ向けた稲田店長の気合もMAXなはず!)
そうこうしているうちに、靴磨きの方もフィニッシュを迎える。
私なりにきれいにケアをし続けていた靴だが、プロの手に掛かればやはりどこか違ってみえる。
ここでTHE SHOESHINE & BARとしての磨きのポイントやこだわりについて伺った。
「(Brift Hっぽさでもあるが)ヒールと横のラインですかね。そしてつま先の鏡面につなげている。内側面までも光らせて側面下方のところで繋がって消える。」
「あえて(側面の)1番下の部分だけじゃなくて、ちょっと上(中間よりやや下くらい)まで光らせる、っていう感じですね。」
ちょうど店内の照明があたっていることもあり、鏡面が発する輝きが靴のフォルムの陰影をより引き立たせている。
我が靴の持つ魅力にあらためて気づかされたようで、思わずにやけてしまう。
と、いつまでもきれいになった自分の靴を眺めてニヤけてはいられないので、気を取り直して稲田店長の考える自身の今後、展望についてお聞きした。
「もっと多くの方に指名をしてもらえるようになりたいです。ここ( THE SHOESHINE & BAR )でも本店でもそうですけど、箱の中にだけ収まっていてはいけないな、っていうのを靴磨き選手権に出てみて思いました。もっと外に出て行っていいな、と。」
「そしてもっと外との交流を通じて靴磨き業界を盛り上げていけるように、いろいろな人とコミュニーケーションを取りたいな、とすごく思いました。」
日本の靴磨き業界の牽引役である Brift H手掛けるバー併設の靴磨き店“THE SHOESHINE & BAR”
残念ながら今回は美味しいと評判のカクテルにはありつけなかったが、プロの靴磨きは十二分に堪能することができた。
靴が好き、そして靴磨きと旨い酒は紳士の嗜みだ、なんていう方には天国でしかないこちらに次に訪れる際は、靴を美しく輝かせるプロの技と店長イチオシの<THE SHOESHINE NEGRONI>に酔いしれようと心に誓った。
THE SHOESHINE & BAR
TEL:090-1558-9907
東京都港区西新橋2−33−2
店舗詳細・営業時間・ご予約など
https://coubic.com/theshoeshineandbar
Instagram @tsb.toranomon
Brift H 公式 https://brift-h.com/
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