ウインドサーフィンのメッカである逗子海岸のほど近く、JR逗子駅から続く商店街に店舗を構える靴磨き専門店「Shoeshine Chum’s Bar」。
ビーチハウスをイメージさせるウッド調の明るくカジュアルな店構えは、海辺のまちによく溶け込んでいる。
生まれ育った湘南を愛し、靴磨きを通して地域にも貢献しているオーナーの渡辺力氏に話を聞いた。
オーナーの渡辺氏は、かつてプロ野球選手を目指していたこともあるというスポーツマン。
野球少年だった幼少期に道具を大切にする習慣を身につけたことが、シューシャイナーとして働くことにつながっているという。
「逗子の小学校に通っていた頃からずっと野球をしていて、中学・高校時代は千葉で寮生活を送っていました。
当時、『自分の道具は自分で磨く』という監督の厳しい教えがあり、試合前には必ず自分のスパイクやグローブをきれいに磨いていました」
また、父親は靴が好きな人で、毎朝玄関先で靴を磨いてから出勤する父親の姿を見ていたこともあり、『大人になったら靴を磨くものなんだ』という価値観が、自然と備わっていたのだとか。
そんな環境で育ち、社会人になってからは身だしなみとして自分で靴を磨くようになるが、あるとき、靴磨きを仕事にしてみたいと思う出来事が起こった。
「父親の会社に入って保険の営業をしていた頃のことです。
お客様のご自宅に上がらせてもらうときに毎回靴を脱ぐのですが、『あなたはいつも靴がきれいね』と褒めていただいて、その靴がきっかけで保険の契約をもらうことができたのです。
自分にとっては当たり前のことでしたが、靴を磨いているとこんないいことがあるのかと。
もっと靴磨きをする習慣が広まっていったらいいなと思うようになりました」
思いついたら即行動派の渡辺氏は、社内で新たにシューシャイン事業部を立ち上げて靴磨きサービスをはじめた。
とはいえ、順風満帆とはいかず、事業部は2年ほどで解散することになる。
「シューシャイン事業部では思うような業績を出せませんでした。
横須賀にあった会社の整備工場の片隅を借りてやっていたので、立地もよくなかったのだと思います。
会議の席などで売上が上がらないことを責められることも多くなり、かといって靴磨きをやめようとは思わなかったので、それなら会社を辞めて、独立してシューシャイナーとしてやっていこうと決めました」
渡辺氏は2016年、38歳にして会社を退き、その1年後には逗子に現在の店舗をオープンさせた。
会社を辞めて独立することを考えていた渡辺氏は、サフィールのシューケアアドバイザー研修に参加し、それまで独学で身につけてきた靴磨きを体系的に学ぶ機会を得た。
さらに、その翌年の2017年にはシューケアトレーナーの資格も取得し、サフィールの認定ショップとして「Shoeshine Chum’s Bar」をオープンさせた。
「サフィール製品を使うようになったのは、事業部としてやっていたころからです。
いろいろなメーカーのクリームを試していく中で、自分が求めている仕上がりを実現できるのがサフィールでした。
シューケアアドバイザー研修にも参加して、成分へのこだわりやブランドの歴史を知り、自分の店舗をもつならサフィールの看板を背負ってやりたいという思いが強くなりました。
靴磨きに国家資格はないですが、サフィールのシューケアトレーナー認定を受けたことでプロの職人としてプライドをもって仕事ができますし、店舗でクリームを販売するときにも、サフィールならお客様に自信を持ってすすめられます」
尊敬する「ブリフトアッシュ」の長谷川氏からもらった言葉も、独立して店をもつことを後押ししてくれたという。
「雑誌やテレビで長谷川さんのことは知っていて、一度会いたいと思っていました。
それで、会社を辞める前に、自分で磨いた靴を持って会いにいったんです。
長谷川さんは木更津のご出身で、私も中学・高校時代は木更津で野球をして過ごしたこともあって、いろいろな話で盛り上がりました。
持っていった靴を出すと、何もすることがないくらいきれいに磨けていると褒めていただきました。
ここまで磨けるなら店を出しても大丈夫と長谷川さんが言ってくださったので、これはもう独立するしかないと、その言葉に背中を押してもらいました」
「Shoeshine Chum’s Bar」の靴磨きがユニークなのは、箱根神社の龍神水を使っていること。
龍神水とは、箱根神社の末社とされる九頭龍神社の境内に湧き出る箱根山が源の霊水で、開運厄除・縁結びなどのご利益があるとされている。
靴磨きに欠かせない水に、龍神水を使うことにはどんな意味があるのだろうか。
「当店の靴磨きは、縁結び靴磨きというネーミングでやっています。
正直に言うと、ご利益があるかどうかは分からないのですが(笑)、龍神水を使って磨くことで、当店とお客様とのご縁はもちろん、お客様がその靴を履くことで何かいいご縁がつながればという思いを込めています」
靴を磨くことで、お客様の仕事やプライベートにとって何かプラスになればという思いは、渡辺氏がシューシャイナーを志した理由そのものであり、今も変わらず大切にしていることなのだ。
また、職人然とせず、お客様がどんなことでも相談しやすいよう親身に接客する姿勢も大切にしている。
「できる、できないという結論ではなく、まずお客様がどうしたいかをしっかり聞くようにしています。
その要望に対して、どんな方法があり、時間と費用がどれくらいかかるのかをお伝えして、納得していただくことが重要なんです。
お客様にとっていい選択が何かを考えて提案するので、商売っ気がないと妻に怒られることもあります(笑)。
でも、そうやってお客様の要望に応えていくことが、長い目で見るとお客様とのご縁につながっていくのだと感じています」
「Shoeshine Chum’s Bar」では、地元の児童養護施設に靴を寄付する活動もしている。
顧客や近隣住民、県外からは郵送などで、履かなくなった子どもの靴を集め、渡辺氏がクリーニングをして児童養護施設に届ける。
毎月30足以上が集まっているという。
「知り合いが児童養護施設の後援会会長をしていて、子どもたちのために何かできることはないかと相談を受けたんです。
当初は子どもたちに靴磨きを教えて、ものを大切にする心を育んでもらいたいと思ったのですが、コロナ禍では難しく、靴を集めて寄付をするのはどうかと提案しました」
寄付活動を通して児童養護施設の園長先生と話す機会ができ、新たな課題も見えてきたという。
それは施設を出た後の子どもたちのこと。
児童養護施設では、就学中でない限り原則18歳までしか受け入れることができず、退所後の生活設計ができない子どもたちがいるのだ。
その課題解決のため何ができるかを模索中だ。
「児童養護施設で育った子たちが、高校を卒業してすぐに社会になじみ、自分で生活していかないといけないというのは難しいことも多く、施設の職員さんの悩みもそこにあるようです。
それなら、うちの店が退所した子たちの受け入れ先の一つになって、私が親代わりのつもりで社会で働くことを教えながら、シューシャイナーとして自立できる技術を身につけてもらうのはどうだろうかと考えています」
同じように、退職した自衛隊員の受け入れも検討しているとか。
自衛隊では精強さが求められるため若年定年制が敷かれているのだ。
50歳代前半で退職する隊員も多く、退職後の再就職に苦労する人も少なくない。
「自衛隊の人たちは、訓練の一貫で靴磨きのやり方を教え込まれているので、即戦力にもなります。
自衛隊OBの就職先として受け入れをして、技術を身につけてもらったら、独立してオーナーとして店舗をもってもらえるようにしたいと思っています。
うちも人手は欲しいので、普通に人員募集をかけようと思っていたのですが、児童養護施設への寄付をはじめたことで意識が変わり、地域や社会の中で困っている人たちの力になれることはないかと考えるようになりました」
お客様にご縁があるようにと心を込めて靴を磨き、靴磨きを通して地域や社会の問題にアプローチする渡辺氏。
その真っ直ぐな姿勢がお客様に愛され、地域に愛される所以なのだろう。
次回更新の記事では「Shoeshine Chum’s Bar」のメニュー内容やサービスについて、掘り下げて紹介する。
Shoeshine Chum’s Bar
TEL:046-876-9611
神奈川県逗子市逗子5-4-27
11:00〜19:00(土曜・祝日は10:00〜18:00)
日曜定休
https://www.chumsbar.com/
https://www.instagram.com/shoeshiner_chum/
ご縁を大切にする靴磨きで、
地域に貢献するシューシャイナー
ウインドサーフィンのメッカである逗子海岸のほど近く、JR逗子駅から続く商店街に店舗を構える靴磨き専門店「Shoeshine Chum’s Bar」。ビーチハウスをイメージさせるウッド調の明るくカジュアルな店構えは、海辺のまちによく溶け込んでいる。生まれ育った湘南を愛し、靴磨きを通して地域にも貢献しているオーナーの渡辺力氏に話を聞いた。