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飯野高広の
“サフィール・タラゴと歩む 革靴さんぽ道”

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飯野高広の
“サフィール・タラゴと歩む 革靴さんぽ道”

公開日:2024/08/08 / 最終更新日:2024/08/08

サフィールとの出会い

こんにちは。飯野高広と申します。ファッションに縁も所縁もない鉄鋼メーカの会社員から一転し、「メンズの服飾研究家」なる肩書で仕事をさせて頂くようになりあっという間に二十年以上。何時の頃からどういうわけか革靴関連のお話を圧倒的に多く頂くようにというキャリアパスを歩んでまいりました。

 

靴のお手入れに付いては1980年代はじめ、中学に入った頃から父の見よう見真似で始めるようになったので、ヘタながらもキャリアは四十数年。時の流れの速さと製品の変化・進化に驚かされる昨今です。そんな中、気付けばサフィールの製品とのお付き合いも長くなってきました。ということで今回はご挨拶代わりに、私・飯野とサフィールとの出会いについて。前振りを含めとっても長くなるので、何卒お許しを!

飯野氏が所有する靴ブランド純正ワックス

今とはまるっきり異なる、35年前のパリ

 

サフィールの商品を初めて見たのは、まだ大学生の時。好奇心だけで貧乏旅行をしていたパリの街角でした。そうそう初めてのパリ、まだユーロスターなんて走ってない時代。国際列車とドーバー海峡フェリーを乗り継いで、ロンドンのヴィクトリア駅から丸一日掛けてパリ北駅までたどり着いたお上りさんでしたよ。ミーハーに凱旋門やエッフェル塔はもちろん、シャガールが描いた天井画見たさに旧オペラ座(通称オペラ・ガルニエ:ミュージカル「オペラ座の怪人」の舞台、そして革靴好きにはHERMÈSJOHN LOBB にあるフォーマルプレーントウの名として知られていますね)やルーブル美術館も、あの時が初めてだったっけ。ちょうどフランス革命二百周年直後、その記念にルーブルには例のガラスのピラミッドができたばかりでした。当時は大分異彩を放っていましたが、今はすっかり周囲と馴染みましたね。

 

もちろん服飾ブランド探検も欠かせません。80年代の後半・終盤には「フレンチトラッド」とか「BCBG(フランス語でBon Chic Bon Gerneの略。育ちの良さそうで上品な、的な意味)」なるファッションに勢いがありました。私・飯野は当時も今も、基本はアングロサクソン系のトラディショナルな装いで通していますが、それにも少々影響を受けています。内装も商品もイギリス以上にイギリス的な雰囲気だった今や幻の伝説・OLD ENGLANDや、ニース生まれらしい華やかな色彩に惹かれたFAÇONNABLE、創業者本人が接客してくれたDANIEL CREMIEUX、英国製でなくフランス製のステンカラーコートをここで買わなかったのを後々悔やみまくったBURBERRYS'無名ながらもセンス抜群のお店もまだまだ沢山ありました。

 

もちろん靴屋さんも果敢に訪問し、最初はJ.M.WESTON。ちょうどSHIPSさんでの取り扱いが知れ渡った頃で、フランス靴と言えば問答無用にJ.M.WESTONでしたから。当時のシャンゼリゼのお店が、ロバート・キャパがパリ解放の際に撮った写真とまだ同じ場所だと気付いた時は感極まりましたよ(今は移転しています)。あと、日本にも僅かに入っていたBOWENで重戦車のような一足に驚愕。今でいう「トリプルソールダブルウェルト」のUチップで、二周するウェルトが今でも夢に出て来るほど強烈な印象でした。今では革靴好きなら知らなきゃモグリのPARABOOTBERLUTIはまだ全く知らず、CORTHAYはブランド自体が未だ無かった筈。ただ、何せ貧乏旅行です。悔しいですが服も靴も指をくわえてただただ見てるだけ。美術館で見る絵や彫刻と似た感じで眺めた数日でしたね。

「生きる姿勢」が結晶化した商品たち

 

で、そんな散策の中、確か左岸の学生街のリペア屋さんだったかで出会ったのがそう、サフィールの靴クリームだったのです。籠状のディスプレイ棚に、まるで画材具屋さんで絵具や色鉛筆を売っているかのようにズラーッと並んでいました。驚いたのはまず色数の圧倒的な多さ、そして日本やそれまで訪れたイギリスやアメリカではお目に掛ったことのない、靴クリームとは思えない鮮やかな発色でした。ガラス瓶を通してもハッキリとわかる、ああなんて綺麗な色! 流石美術大国・ファッション大国の製品ならではだなぁ

 

当時の日本は靴クリームと言えば黒やこげ茶のような、くすんだ地味な色ばかり。せいぜい「デリケートクリーム」なるものが一部のREGAL SHOESのショップで置かれるようになった程度の段階で、今でいう乳化性クリームと油性のワックスの違いなんて誰も知らない・知ろうとしませんでした。なので、そりゃ「これなら買える、持って帰れる!」とー気にヒートアップしましたよ! 興奮しつつもフランス語が全く話せないので英語でHow Much?。しかし店員さんは逆に英語が、全然解らない「こいつら、やっぱり英語を意地でも話してくれないのか」と若干キレながらも、日本で買えなさそうなのを何色かゲットして、同じロゴの入ったビニール袋に入れてもらいました。あ、あの頃は通貨がユーロでなくて、トーマスクックでトラベラーズチェックを両替したフランとサンチームで払ったんでしたっけ。

 

その後の展開が筆者・飯野とサフィールというか、製造元であるアベル社との縁を決めたのかもしれません。ビニール袋ぶら下げて、その後に何の目的も持たずに古道具屋さんのようなお店に入りました。椅子やランプなど魅力的なアンティーク家具に目を奪われますが、わかっております、買って持ち帰ることはとても叶いません。ですが、それらのメンテナンス用品ならとボーっと見ていたら店員さんが話し掛けてくれたのです。今回は有難いことに英語! 筆者・飯野がぶら下げていたビニール袋を指さして「革靴が好きなの? 」「ここの靴クリームとウチのコレ、同じ会社のものだよ」そして「これらはウチの商品だけでなくルーブルやオルセー、それにオランジュリーでも調度品のメンテナンスに使ってるんだよ

 

そのラベルには“L O U I S XⅢ”と書かれてました。王様の名前そのものとは、凄いネーミングだなぁ… 要は家具用のワックスだったのですが、「これ、数日前に見たダ・ヴィンチやモネの絵を飾る額とかにも使っているのか…」そして「なるほど革靴も家具も、メンテを欠かさず大切に使い続けることで『美しくしてゆく』のが、彼らの感覚なのか…」そうです、アベル社の製品を通じて、ヨーロッパの人たちの「生きる姿勢の本流」を知ることになったのです。だから当然これも、家族へのフランス土産に購入しましたよ。バスタブのないボロボロの安宿に戻って双方の蓋を恐る恐る開けると、落ち着いた香りに心が激しく揺さぶられました。どちらもこれまでは石油臭いものばかり使っていましたからね。

サフィールのメーカー アベル社の調度品用ケアブランド LOUIS XⅢの商品

アベル社の調度品ケアブランド LOUIS XⅢ(公式ECより引用)

衝撃の「黒いサフィール」と、再訪したパリ

 

さて、サフィールの商品が日本に上陸したのは、その数年後でした。雑誌で見て「遂にだ!」と即百貨店、確か新宿の伊勢丹に買いに行ったのですがあれ? 自分がパリで買ったものとは、ラベルからして違うそうです皆さんお察しの通り、筆者・飯野がパリで買ったのは青地に白で“SAPHIR”と書かれたノーマルバージョン、当時日本に来たのは黒地に金で“SAPHIR MEDAILLE D’OR 1925”つまりサフィールノワール=ハイグレードバージョンだったのです。クリーム(現行のクレム1925のひと世代前のもの。100周年記念バージョンと同じ丸い瓶に入っていました)とワックス(ビーズワックスポリッシュ)の双方を早速試してみるとんっ?どちらも結構似た質感と香りだぞ? まるでフランス料理で多用する溶かしバターみたいな柔らかさと蜂蜜のような香り! そして茶系が他社製品より色がムラにならず自然に革に入ったのに対し、黒はクリームのほうの「赤味の強さ」に衝撃を覚えましたね。全く初めての経験に気分が高揚したのが、まるで昨日の出来事のようです。

 

その更に数年後、「サラリーマンとして来れるのは多分、これで最後。ヘタするとこれが、人生最後の訪問」と覚悟を決めて臨んだ次のパリ行きで、サフィールへの印象が完全に固まります。前回訪れなかったBERLUTIAUBERCYも含め、靴自体は散々迷った挙句、マドレーヌ寺院の近くにあるJ.M.WESTONで一気に3足購入。有難いことに英語で接客してくれた女性の店員さんが、黒・金茶っぽい例のウエストンブラウンそして紺の3足分のワックス(これだけはフランス語で”CIRAGE"と誇らしげに言ってました)をタダで付けてくれたのです。そして一言「これはサフィールで作ったものだから、革にも身体にも優しいので安心して使って!」そして「靴じゃなくてこのワックスだけ買いに、イギリスやアメリカからもお客さんが来るくらいだから()」

 

未だ現役で履かれている、当時(25年以上前)購入したJ.M. WESTONのローファー

未だ現役!当時(25年以上前)購入したJ.M. WESTONのローファー

J.M WESTONの純正ポリッシュ

J.M. WESTONの純正ポリッシュ

結局、他店では予算オーバーでワックスしか買えませんでしたが帰国後、それが寧ろ大きな気付きや収穫に繋がりました。当時はどのブランドも瓶入りの靴クリームは少数派で(あったのはHERMÈSのJOHN LOBBくらい)、専ら缶入りのワックスだったのが今とは大きく違う点。ですが、香りの出方と指に触れた際の自然な柔らかさが明らかに似ているのです。だから直ぐに気付きましたよ「なんだ、製造元は全てサフィール=アベル社だ!」「ならばワックスでもクリームと似た感じで使るぞ!」 同じフランスのブランドだから以上に、それだけ高く信頼される製造元だから、レシピこそ微妙に違えど主な靴店が全て採用しているのかと肌で実感できたのです。そしてもちろん「流石、ルーブルの調度品のメンテ用品も作っている会社のだよな」とも。

John Lobb純正のポリッシュ

John Lobb

John Lobbポリッシュの裏側にあるカラーラベルはサフィールユーザーには見慣れたものです。

裏側には見慣れたカラーラベルが…

 Aubercy純正ポリッシュ

Aubercy

Berluti純正ポリッシュ

Berluti

※画像は飯野氏が当時購入した実物です。

世界のトップブランドが、日本でもフルに買える!

やがて日本での代理店が2008年にルボウさんになり、サフィールの商品が本国並みに豊富に入手できるようになったのは、率直に嬉しかったです。もちろん今でもクレム1925ビーズワックスファインクリームの各色を筆頭に、発色抜群のスエードスプレー(レアカラーのサファイアブルーが特に好み!)、油分を維持したまま汚れを落とすコンディショニングクリーナー、それにバッグの補色でレノヴェイティングクリームには結構、お世話になっています。そしてこれらを使うたびに思い出すのは、貧乏旅行で若い頃訪れたパリの、華やかな色彩に富んだあの街並みと、古いものを大切に扱いながら新しいものにも調和させる、彼らの「生きる姿勢」なのです。

 

(※)追記:因みに今日では、通常の油性ワックスは火気厳禁の機内には持込不可=原則海外からのお土産にはできません。ただし、サフィールノワールにはこの制約を受けず機内持込可能な「トラベラーズポリッシュ」という商品があります。 こんな技アリ商品が企画できるのも、ヨーロッパの有名靴メーカー・ブランドとのOEMを長年手掛けるのを通じ、膨大なノウハウを蓄積しているサフィールだからこそでしょう。

SaphirNoir(ノワール)トラベラーズポリッシュ
SaphirNoir(ノワール)トラベラーズポリッシュ
飛行機への持ち込みが可能なポリッシュ ¥2,750(税込)


 
  • 服飾研究家

    飯野 高広 Takahiro Iino

    1967年東京生まれ。大学卒業後大手鉄鋼メーカーに11年勤務したのち、服飾研究家として独立。この分野では出身がファッション業界でもメディア業界でもない特異な存在としても知られ、紳士靴やスーツなど主に男性の服飾品全般を、ビジネスマン経験を活かした楽しくかつ論理的な視点で解説するのが特徴。
    出版では、紳士靴関連では2010年に出版した『紳士靴を嗜む:はじめの一歩から極めるまで』(朝日新聞出版)が今日まで版を重ねるロングセラー。紳士服関連でも2016年に出版した『紳士服を嗜む:身体と心に合う一着を選ぶ』(朝日新聞出版)が類書に無い内容の濃さで好評を博している。
    近年はWEBやTVにも活躍の場を広げており、2015年にはTV番組「マツコの知らない世界」に「靴磨きの世界」のガイド役としても出演。NHKテレビ「美の壺」では2018年11月放送の「粋を極める 男の靴」の回に出演、2023年12月放送の「品格をまとう スーツ」の回でも総合監修を行った。また、2006年から専門学校で近現代ファッション史の講義も担当し、スタイリスト業界に中心に多くの教え子を輩出し続けている。

Le Beau
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